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ベルリン     何も知らなかった現実
[ベルリンの壁]崩壊から20年。かつて分断されていた街は、いまや「最もホットな街」と呼ばれるようになった。
復興都市ベルリンは、その重い過去とどう向き合い、進化してきたのか。
その魅力といまだ抱える「負の遺産」に迫る。  

(クーリエジャポン  2010  1月号)


この特集記事を読み、20年たっても大きなギャップが東西統一後ドイツに残っていることに驚きました。

日本で報道されていないだけなのか、それとも単に私のアンテナが低かっただけか


ユダヤ人迫害が欧州各地で増加

旧東ドイツが、オリンピックで圧倒的に強かったのは、ドーピングのため。

かつてのメダリストたちは、そのドーピングによる負の遺産を今でも背負って生きている。ある女性アスリートは、男性ホルモンを注入され、現在は、男として生活している。

ギャップの大きさは、アーティストには、創造力を刺激する、素晴らしい素材かもしれないが、市民がそれを楽しむには、まだギャップは大きすぎるのかもしれません。

日本にも、根深い差別問題は残っていますが、世界を見渡すと、そのギャップは小さいのかもしれません。


日本は、相対的には、平和なんですね。



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(2009/12/10)
不明

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コメント
Re: タイトルなし
バウハウス目当てのバックパッカーでした<=ピカイアさん

明けましておめでとうございます。

ところで、すごくアクティブだったのですね

本年もよろしくお願いします

2010/01/02(Sat) 18:54 | URL | Charlie 2011 | 【編集
あけましておめでとうございます
70’西ドイツからひとりぼっちで夜行列車で西ベルリンに行ったとき、東側を通るというだけで
とても緊張したのを覚えています。(バウハウス目当てのバックパッカーでした)
11月、NHKBSで「壁」の特集してました。
平和な時の日本に生れてラッキーで感謝。
今年も読ませてくださいませ。

2010/01/02(Sat) 14:54 | URL | ピカイア | 【編集
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