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「画商の”眼”力  真贋をいかにして見抜くのか」  長谷川徳七
”本物”を見る能力を身につけたい

音楽・映画・絵・本

限られた生きる時間

どうせなら良いモノにふれる時間を増やしたい



賭事はしません

(多分 きっと 弱い  
パチンコは十代後半に200円つぎ込んで私には向いていないことを悟りました(笑))

ただ・・・当事者にならないと判断できないことは多い・・・というか傍観者でなく直接の利害関係者になった経験がなければ、本質は見えない。  (だから評論だけの評論家は信用できない)

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なぜ買うと言うことが重要になってくるかといえば、評論や感覚にもとづくうんちくを述べられるのは、ある意味、他人事でいられるから。
絵の購買には、それでは済まされない、”真剣さ”が問われるのです

(株も全く一緒ですね。買って保有するのと、単なるシミュレーションでは天と地の差。 精神的要素は実際の投資において非常に大きいです)


本物を見る経験を重ねるとは、理詰めで絵を見ることでは全くありません。

(鑑定とは)一目ではわからない、にじみ出てくる性格を見抜くこと

偽物は理屈にぴったり合うようにできています。

(偽物は)本物そっくりに描いても、その人が卑しい気持ちで描くのだから、その性格が絵のどこかにでてくる。


科学鑑定でわかること

*戦前にしかつくられていない成分を含んだ特殊な絵の具を使った作品なら、その絵が当時作られたか、それとも最近作られたものかはわかる。

*ブルーランプを作品に当ててみて、どれくらい直しが入ったか、サインが元のままかどうかは簡単にわかる

しかし、科学鑑定といった手法は、感覚的な判断をサポートするものではあっても、代替にはならない。鑑定に”科学的”という味付けを持ち出して、特別な眼を強調するのは、素人を欺くためのレトリック


X線でわかることも、本物か偽物かではない



実際の鑑定とは

ひとりの作家が”いつ・どこで・どういう絵を描いたか”といった足跡を可能な限り調べ、それを裏付ける膨大な資料をもっていなければ、おいそれと鑑定など出来ない。

途方に暮れるような作業の積み重ね、この一見、迂遠に見える作業が、作家の歩いた道のりを再度辿ることにもなります。(そしてこの)骨の折れる行程そのものが、作家の鑑定を行ううえで、何物にも代え難い貴重な財産になる。

鑑定は、本物を高く売りつけるためのビジネスとして行うものではなく、画家の価値を守る、本物の絵を後世に伝える、それが画商の生命線であり、鑑定の正しいあり方である

画商の「眼」力――真贋をいかにして見抜くのか画商の「眼」力――真贋をいかにして見抜くのか
(2009/01/08)
長谷川 徳七

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