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【危機時に母国に帰る外国人】
私は、湾岸戦争後の中東(バハレーン)、アジア危機時のタイ、バステロがあった時のロンドンに赴任していました。

つまり、それぞれの国における外国人でした。



私がそうした経験から日本人の皆様にお願いしたいのは一点。

去っていく外国の方、不安を口にする外国人に対してそれを“許せない”“悪い”とは思わないでください。

彼らは、外国人として圧倒的に少ない情報量のなか(今回は日本の出来事にもかかわらず、例えばNYTでの原発報道が遥かに日本のメディアより正確な情報を伝えていたりしますが・・・(涙))


湾岸戦争後のバハレーンは、石油価格の低迷(10ドル前後!)とクウェート復興基金への財政補助のため、国内景気が著しく低迷しており、王族側でマイノリティのスンニ派とマジョリティの貧しいシーア派での抗争が続いていました。その結果、毎週末には爆音が響き、変電所が爆破されたり、欧米系ホテルの一部が壊されました(現在起こっている動乱に比較すればかわいいものですが・・)。日本人コミュニティでは、不安が積もる中、情報は少なく、頼りの大使館はアメリカ大使館や日本の商社の情報を横流しするだけ。会社は安全第一のため、家族を国外待避させることも検討すべしと社員に通達。国外で不安なときに頼りたい国は頼りにならないことを身を持って体験しました。自分の身は自己責任で自分で守るしかない、と感じたとともに、個人間の不安に対する感じ方の大きな差違を強く感じました。それは時には情報量の差(わからないから不安)からくる不安の大小。ほぼ同じ情報を持っていた場合でも、不安感の大小は人それぞれ。その感性をどうこういっても始まらない。また、国は自国民の生命維持を第一に考えるのが必然。だから、今回の件でフランスやドイツが帰国推奨したことで、彼らを責めるのは全くのお門違いであることを肝に銘じてほしい。逆の立場にたったとき、全く当たり前のことが、感情的に許せない・・それはそれで理解はできるのです。 湾岸戦争時に、在バハレーンの日本人には強制的帰国指示が出たため、その後中東と日本のビジネスは低迷を極めました。私も「日本人は、危険なときに逃げる」「だからビジネスはできない」と何度となくアラブのビジネスマンたちに言われた記憶は消えません。(と同時に、中東は石油に左右される国。GDPの7-8割は石油から生まれる。従って石油価格の低迷していた当時、政府から民間へのお金の流れが完全にストップし、お金がそもそもなかったからビジネスができなかった現実はありました。)

私の周りで働く外国の方でも帰国する方々は少なくありません。しかし、それは受け入れるしかない。変な感情をもっても何も生まれない。そんな方々にも、積極的に日本に戻りたい、そんな気持ちにさせるような日本に戻す一助になることが大切と感じています。


Renaissance Japanのために!
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